年末の風物詩 -餅つき-

15.01高洲南「餅つき」写真

高洲南幼稚園

武藤 啓央

 今年も幼稚園で恒例の餅つきが行なわれました。幼稚園の行事は何でも先取りで、一足早い年末行事です。父母役員の皆さんが協力してくださり、臼と杵を使い3斗の餅米を2升ずつ15臼つきました。つき手の父親役員さんや手返しをする母親役員さんは未経験の方が多く、それでも中には毎年実家でついているという頼もしい方もいて、初めてでもお手本を見ながら見様見真似でやってみると結構楽しいと喜んでお手伝いしてくれました。汗びっしょりになり一生懸命に杵を振り下ろすお父さんを見て子ども達も興奮し「ヨイショ!、ヨイショ!」と声が枯れんばかりの声援を送ったり、一緒についたりもしました。そして出来上がったお餅を皆で美味しくいただき、学期末を迎えた幼稚園で楽しい一時を過ごすことができました。
 年末の風物詩としても昔は多くの家庭で行なわれていた餅つきの光景ですが、最近ではあまり見られなくなりました。機械を使って三が日分だけつくことはあっても、釜で湯を沸かしセイロで米を蒸かし、臼と杵を使っての昔ながらの餅つきは、一部の農家や学校、幼稚園、地域のイベント等でしか行われなくなり、それはもう珍しい光景ですらあります。「何もそんな面倒なことをしなくても…」と、お金を出せば何時でも何処でも何でも手に入る時代に、あえて何故幼稚園で餅つきなのか…
 
私の自宅でも正月の鏡餅や延餅をお菓子屋やスーパーで買うようになって久しくなりますが、昔は年末の朝早くから支度し、家族親戚が集まり餅つきを行ったものでした。幼かった私や私の姉も延べ板の上で一緒にへそ餅を丸めたりしました。父や叔父が交代で杵を振るい、母や叔母が手返しを…つきたてのお餅を醤油出汁に浸していただいたその味を今でも忘れることができません。竈(へっつい)と呼ばれる釜戸に赤々と燃える炎やセイロから吹き上がる蒸気、そして蒸しあがるもち米の匂いが懐かしく、今思えばまだ幼かった私にとって、それは家族の団欒と共に五感を刺激する年末年始の楽しい催しであったはずです。大人になった今、忙しさにかまけて何かと手を抜くことが多くなりましたが、面倒だからと便利さや快適さ、効率性ばかりを求めているうちに、ひょっとしたら子ども達の楽しみまでも奪い取っているのではないかと思うと、せめて幼稚園だけでもこの行事を行い続けていく意味があるように思えるのです。