笑顔のちから

15.2原町「笑顔のちから」写真

原町幼稚園

鶴谷 主一

 数年前にある幼稚園の園だよりに掲載された「お便り紹介」という欄を読んで、そのずっしりと重い内容から気づかされること、感動させられることが多々ありました。それは卒園されたお母さんから幼稚園へ寄せられた5ページにも及ぶ長い手記でしたが、個人名を消して全文掲載されていました。
 
内容は、年少年中と2年間に及ぶ登園拒否のお子さんとお母さんの心の葛藤や悩みを切々とつづったものでした。年少のときから始まった登園拒否。はじめはお母さんも園に通わせたい一心で送迎コースを変更したり、子どもの要求に応えたりされますが、その心の内は「これでいいんだろうか」という迷いの連続と憂うつの日々だったとつづられています。
 
年中になり、理屈も言うようになってからはさらに親子の迷いと葛藤は大きくなっていきます。登園したもののどうやっても車から降りずにそのまま帰宅し、あちこちで母子で昼間の時間をつぶしたこと「そんなに嫌なら、もうやめてもいいから」と、息子に無理な決断を何度も迫ったこと、「ボクを捨ててよ」と息子に言われたこと・・・本当に苦しい日々が目に浮かぶようで、胸が締めつけられる思いで読んでおりました。
 
その子は、年長になったとたんに普通に登園し、今まで週の半分近く休んでいたのに、出席帳にご褒美シールが6つも貼れるほどになったのです。お母さんも書いてらっしゃいますが「どうしてこうも変わったのか?」という問いは無用なのでしょう、2年間をかけて母子ともに越えなければならなかった苦しかったハードルを乗り越えて多くを学んだこと、そして息子の存在を大切に育ててくれた先生、園への感謝の気持ちで手紙は締めくくられていました。
 
こんなにも長い登園拒否を僕は知りませんし、園を離れてからのお母さんと子どもがこんなにも葛藤に苦しんでいる事実もその手紙で初めて知りました。僕ら園での様子しか知らない人間は、ややもすると「母子分離ができてない、甘やかしだ」と分析し原因追求をして対処しがちですが、それが困っているお母さんにとって何の意味もないことを痛感させられました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◎大切なのはこういうことなのでしょう。(以下、原文をそのまま紹介します)
 『あのころ。朝、園の靴箱のところで大声で泣き叫び、後ずさり、先生が迎えに出てきてくれても我が子は私にしがみついて離れようとしませんでした。傍らでは、ほかのお友達がスイスイと靴を履き替えては部屋に向かっていくというのに。いったい何がそんなに嫌なんだろう?何でこの子だけが普通にできない?・・答えのでない、この問いかけほど空しいものはありませんでした。
 
けれど担任のA先生は笑顔でした。いつも、そしていつも。せせらぎのように微笑んで駆け寄ってきては、母にしがみついている我が子の指を、一つ一つほどいていきました。その心をいたわるように。何も理屈を伴わない、ひたすらやさしいだけの、その行為。暴れる我が子の靴が、先生のトレーナーを何度も泥で汚しました。ただ笑顔でいてくださる・・・そのことの力、意味というものをこれほどに強く感じたこともありませんでした。』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 肯定し続けること、受け入れること、待つこと、メッセージを出し続けること。しかも笑顔で!・・・眉間にしわを寄せたり、怒るよりも大きなエネルギーがいるように思います。でも、その力はとても大きいですね。僕も園も常にそうありたいと思うのです。