園長も卒園しました

伊村 (003)

藤枝東幼稚園

前園長 伊村 知義

 昭和54年に藤枝東幼稚園に就職してから早や43年が経ちました。父親の隆恵園長が寺院住職の他に多数の役職を持っていたので、息子の私が補佐する事がきっかけでした。
 私は当時、寺さえ継げばお役御免で、まさか幼稚園の仕事をやるとは夢にも思っていませんでした。幼稚園の事が何も解らない私が本人も驚きの役職名は副園長でした。入ってからの数年は系列5ケ園の司令塔である法人本部で主に会計業務を行い、幼稚園現場には、行事のお手伝いという日々でした。
 女性の存在感が圧倒的な職場と馴れない幼児の扱いに戸惑いながらも、日増しに職員や保護者の良い園長になって貰いたいとの期待を感じる様になりました。時が経つにつれて幼稚園の雰囲気にも馴れ、園児との遊びも手を抜かずに全力で行い、大人力を見せつけると『副園長先生は凄い』と子ども達が尊敬の念を抱くようになりました。いつしか『遊ぼう』とお誘いを受ける様にもなりました。只、幼児の遊びの有って無いような自己都合のルールには今でも参ります。
 そんな幼稚園ライフに転機が訪れたのは30歳の時でした。幼児教育を勉強したいとの思いで明星大学の通信教育講座に申込み、幼稚園教員免許取得に挑戦しました。現場のことを勉強する必要もあって幼稚園に居る時間がしだいに長くなりました。
 他法人の元校長先生の先輩園長から園長の心得として、明日から正門に立って園児に挨拶をしなさいと言われました。当時の幼稚園の正門は藤枝保育園の横にあり、幼稚園と保育園を合せた約500名の園児に毎朝『おはようございます』の挨拶をしました。以後、朝の挨拶は習慣になり今でも行っています。
 通信講座を始めてからの一年間は、毎日夜は机に向かってお勉強、毎月レポートの提出と静岡の商工会議所での試験。夏休みは八王子の明星大学でスクーリング。妻が幼稚園の元教諭、その姉の音楽教師の協力もあり一年で教員免許状を取得出来ました。
 平成14年園長就任から約20年。振り返れば、凡人の私は何時も大勢の人の助けを借りて来ました。
 お坊さんですので頭はいつも剃っています。テカテカなわけ。子ども達は、『何故、髪の毛が無い?』と不思議がり、おでこのしわを見て『何で線が三本ある?』とか聞かれました。そんな幼児の無邪気な言葉掛けも楽しい思い出のひとつです。お店で園児が駆け寄って『園長先生』と声を掛けられた時は、嬉しくて嬉しくて。お喋りですので、保護者とお話するのも凄く楽しみでした。
 園長はこの3月末で卒園しましたが、学園の事情で4月より教頭として今しばらく幼稚園とは関わりを持つ事になりました。ゾンビみたいで甚だ恥ずかしい限りです。66歳になっても幼稚園で幼子から元気を頂いている事に感謝、感謝です。